大正村 その9 |
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2008年04月07日(Mon)
大正村 その9
旧三宅家は300年を越える古い歴史をもつ家柄で古記録によれば旗本遠山家に仕えていた第四代伊賢が馬木村に移住、農業に従事。その後元禄元年第五代与次郎重正によって母屋が普請されました。
![]() 度々の増改築がほどこされ昭和53年に町文化財に指定。平成3年に寄贈され、平成4年に今の場所に復元移築されました。移築の際長辺方向を少し縮小しました。元はもっと大きな家でした。 ![]() 左下の黒いところが土間になっています。天井が高いのは、槍を持った部下が中へ入ることが出来るようにです。土間の所に入り口があってそこから入ることが出来ますが、殿様の出入り口は写真の奥の光っている障子でした。 ![]() 現代の人は天井に板が貼られているのを見慣れている為、この写真を見ても違和感がありませんが、当時電動工具なんてなかったので板を作るのは大変でした。なのでこの天井の板は半分に切った丸太の平らな面を下にしてあるだけで実はすごく重たい天井なのです。右の障子と左の部屋の間は障子ではなく壁になっています、これは障子を背にすると後ろから襲われるかもしれないからです。 ![]() 囲炉裏から上がる煙で真っ黒になっています。昔の鋸(のこぎり)や釿(ちょうな)なども置いてあります。写真では切れてしまっていますが、この右にある土間の小さい部屋が使用人の部屋でさらに右に馬舎があります。茅葺(かやぶき)の屋根が火事にならないように作られた煙突のない風呂釜も土間に置いてあり開けっぴろげの土間でお風呂に入るのは色々苦労があった事でしょう。 時代劇などで貧しい家としてバラックの地面にワラが敷いてある家がよく出てきますが、あれが普通の農家の家でした。第四代伊賢が一度農家になったため、再び武士として母屋を建てるために幕府にお伺いをたてましたが許可が降りるまでに何十年もかかりました。
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